幸せの共有


主人は仕事人間でウイークディーは夕食も家で食べることは稀である。
 会社では責任のある仕事を任されており,仕事は順調で上司や部下からの信頼も厚い。
 本人は遣り甲斐のある仕事に従事しているから,仕事が楽しい生き甲斐だと思っている。
そんな人だからギャラも沢山貰っているので経済的に恵まれて、家族の者は近所の人達と比べれば少しは贅沢な生活が出来ている。
多くの奥様方から見れば羨ましい家庭だと思う人も多いのではないでしょうか。
 ご主人は他者に自慢できる社会的地位のある人ですから誇りに思っている。
そんな力のある主人だから家庭を顧みない人だけど仕方が無いと諦めている。

 私は今はアルバイト的に元の仕事に関わっているだけで現役を退いて妻と二人で細々と生活をいているのですが、この年になって頑張っている人を拝見すると、頑張っていることはよいことですが、少し改めないといけない所も見えてきます。
 妻というのはイコール自分自身でしょう。自分だけ楽しみを追求してよいのは独り身の時だけです。
結婚をして家族が出来れば、家族全員が幸せでだと感じてこそ自分も幸せになれるわけです。
 自分だけが楽しいと感じていても妻は経済的な事を考えて我慢、辛抱している状態は幸せな状態とは言えないでしょう。

 ある知り合いの人が脱サラをして自分の夢である商売を始めました。
奥さんは経済的なことを考えて前向きに手伝っています。やらなければ仕方が無いからです。
だけど夫は妻は夫の夢を共有して頑張るのが当然と考えているところがあります。
 妻は大切な夫が始めた商売で、家族はそれによって生業として行かなければいけないのですから頑張っています。其の頑張り方は自分達の経営ですから気配りの細やかな頑張りです。
 それを見て夫は自分と同じく楽しんで仕事をしていると考えるのは男のエゴやでと、親しいから言ったことがあります。
 旦那は自分が好きで始めた事業ですから頑張るのは当たり前でやっていて楽しいでしょう。自分が楽しいから妻も喜んでいると考えるのは拙い考えです。自分の夢の為に引っ張り込んで苦労を掛けて済まないと言える人間でなければいけないのです。
 仕事は前向きに頑張って儲けなければいけません。儲けなければいけませんが同時に、何のために儲けるようにならなければいけないのか。肝心の根本をそれ以上に認識しておかなければいけないと思います。
 家族全員が幸せになれるように、多くの人々が幸せになれるように、そのために全ての物事は存在するのだという認識をもって仕事をしなければ、独りよがりの思考は駄目なのです。
何のために物事が存在するのか。そこが一番大切なのだという思考で、様々な開発を手掛けなければ多くの人達に受け入れられるものはできないでしょう。